徒然のんべんだらり、気の向くまま萌の赴くまま。 二次創作BL中心、腐女子バンザイ乱行三昧。 |
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創作の小話です。
BL要素のあるものなのでお嫌いな方は、閲覧をご遠慮くださいますよう、お願い致します。
遙かなる時空の中で、友雅×鷹通で京編です。
全年齢対象だとは思いますが・・・。
(BLの時点で全年齢対象・一般向けではないような気がしないでもないですが)
BL要素のあるものなのでお嫌いな方は、閲覧をご遠慮くださいますよう、お願い致します。
遙かなる時空の中で、友雅×鷹通で京編です。
全年齢対象だとは思いますが・・・。
(BLの時点で全年齢対象・一般向けではないような気がしないでもないですが)
【 紫陽花の君 】
あなたはいつ見ても変わらない、出会った頃のあの姿のまま。
「君は鬼を何と捉える? 鷹通」
「は?」
永泉様が坎の八葉かも知れないということを伝えた折、しばらくして友雅殿にそう問われた。
いつものやわらかい、だが底の知れない笑みを浮かべて。
今さら、この方は何を問っているのだろうか。
鬼とは、悪しきもの。
京に災いを呼ぶ、人と異なる姿かたちを持つ・・・。
「金色の髪、赤銅の髪、白金の髪・・・。人と異なる姿を持ち、人と異なる力を持つ異形のもの」
詠うように私の思ったことを口にする目の前の少将は。
驚き目を瞠る私に、面白そうにさらに問いかけた。
「人々が望む富をその身に宿す美しいものたちを、何故、我々は鬼と呼ぶのだろうね」
「友雅殿、何が言いたいのです?」
「この世は弱肉強食。ならば何故、力持つものが虐げられるのだろう?」
答えを問うように、私に投げられる視線。
私を試すように、じっと見据えられて、訳もなく、居心地が悪くなる。
「鬼は京の人々に災いを振り撒きます。それを退治しようとしている、それがおかしいことですか」
「あぁ、やはりね。君はそう言うと思ったよ」
楽しげに、目を細めて笑う彼に。
不安のようなものが込み上げて来る。
この人は何を言おうとしているのだろうか。
何を、その身の内に抱き、口にしようとしているのか。
何を考えているのかまったく読めない。
それでも、今この人が口にしようとしていることは、禁句なのではないだろうか。
そんな予感がして、彼の言を遮ろうと口を開きかけたが、それは間に合わなかった。
「人と違う姿に生まれたからといって、その身に宿る魂が人ではないとは、決まっていないのにね。望んで異形に生まれたわけでもないのに、内面はそれこそ内裏に巣食う出世に目のくらんだ公達よりもよほど清らかであっても、姿が違うというだけでその尊い命は奪われてしまう。理不尽だとは思わないかい?」
「友雅殿! いくらあなたでも・・・」
「・・・ふふ。今日出会った鬼はね、そんなような事を言っていたのだよ」
くすくすと、癖の強い髪を弄びながら、ついでのように付け足された言葉。
しかしそれは本当に付け足しに過ぎない。
きっとそれより前に言った言葉は、彼が本心から思っていることだろう。
「我々は平安なるこの京を守るため、生きるために鬼と戦っているのです。理不尽などでは・・・」
「理不尽といえば、昔、私は食べるわけでもないのに小さな仔兎を手にかけたことがあった。小さくて、雪のように真っ白な」
遠く、何かを懐かしむように夜に投げられた視線。
その視線の中に、普段この方では決して見ることのない憐憫のような情が一瞬浮かぶ。
そのことに酷く動揺してしまって、いつもならばすでに出てしまっている咎めの言葉が、咽喉に張り付いて行き場を失った。
言葉を次げないでいる私の存在を忘れてしまったかのように、彼は昔読んだ物語のように言葉を続ける。
「真っ白で、紅い大きな瞳が可愛らしい仔兎は、怪我をして迷っている私を人里へと導いてくれたのに。私はその兎を殺めてしまったのだよ」
「・・・その兎が鬼であったからでしょう? 理を曲げて存在するものを葬るのは近衛府の役人であるあなたの仕事です」
「君は相変わらず敏いね。私は鬼とは言っていないよ」
困ったように微笑み、杯を傾けながら視線を私に移した友雅殿は。
しばらく逡巡するように、無言でゆっくりと酒を呷っていた。
「・・・鷹通。君は少し肩の力を抜いたほうがいい。何事も型に押し込めようとするのは良くないよ」
「申し訳ありませんが、こういう性分なもので」
「君らしいねぇ」
心底楽しそうに微笑んで、彼はごろりと床に寝転び、そうして相も変わらず手酌を繰り返した。
その様子に、もう今日は鬼の話題をするつもりがないのを見て取り、私はこっそりと嘆息した。
こうなっては、こちらがどんなに言を荒げようと、彼ははぐらかして取り合ってくれない。
これ以上ここにいても話は何も進展しないと、席と立とうとすると。
「ねぇ、鷹通。少し私の月見酒に付き合わないかい?」
「は? 私は気の利いた話などできませんよ」
「一人酒というのは存外、寂しいものなのだよ」
ならばそんなことなどせずに、もう休めばいいのにと思ったのだが、やわらかい笑みを浮かべるその顔が。
何だか妙に寂しそうに見えて。
結局私はもう一度嘆息して、彼のそばに腰を下ろした。
「あぁ、君は本当に、人の心に敏感だね。・・・譲葉もそうだった」
「・・・」
暗く微笑んだ瞳に、嗜めようとした声が止まる。
「これから話すことは、ある狂人の話でね。酔っ払いの戯言として聞いてくれるかな」
「・・・お好きにどうぞ」
私の返事に、満足したように微笑んで。
その顔が、どうしてだか頼りなげな子供のそれに見えて。
月を見上げる振りをして彼の視線から目をそらした。
理由はわからないが、彼のそんな視線を見つめていると、囚われてしまいそうな、そんな気がするから。
そして、囚われたら最後、もう逃げ出すことなど不可能なような、そんな気がするから。
彼もまた、月を見上げて。
先程と同じように、遠く懐かしむように瞳を閉じて語り始めた。
「 その男は、北山に。何の用だったかな、思い出せないが。さして大事でもなかったのだろう。
多分、花でも愛でに行ったのだろうね。あそこは何故か不思議な感じのする森だから。
ふらふらと当てもなく彷徨って、森の深みに入って迷ってしまった。
その上運悪く、足を滑らせてね。一人では歩くこともままならない。
さらにそこは人気のない深い森の中だ。
これはもう、今生との別れかなと、その男は思ったそうだよ。
まぁ、見上げれば葉擦れに垣間見える陽が綺麗だったし、空気は凛として気持ちが良かったから。
それも悪くないかなと、死を覚悟した割りに、妙に清清しい気分だったそうだよ。
その時、小さな白い鬼に出会ったそうだ。
しかし、すでに死を覚悟していたせいもあってか、その男は鬼と話しをしてみようと思った。
鬼は驚いたことに、その男の手当てをし、動けるようになるまで世話を焼いた。
聞けば、その鬼はもとは京に生まれたが、姿のせいで山に捨てられ、天狗に育てられたとか。
風聞に聞くような力など、かけらもなく。
それどころか、普通の人間よりも体が弱く命が短いという。
男は、そんな鬼を哀れに思ったが、鬼は自分は哀れではないという。
むしろ短い命だからこそ、その時その時を謳歌するのだと。
男は鬼を好ましく思い、いろいろな話をした。
そうすることで、その男はその鬼が何故か長い間の友人のように思えたそうだ。
だが、やはり、鬼と人だ。住む世界が違うのだろうね。
歩けるようになった男を、その小鬼は麓まで送っていった。
だが男を捜しにやってきた役人に矢を射られた。
鬼は、自分と男が繋がりがあるのはまずいと、自分を切れという。
だが、男は世話になった恩があるとできないでいた。
心優しい鬼は、そんな男の心情を悟ってか、自らその男の刃に身を沈めた。
そうして、鬼は自らの命を捧げることで、男の命を救ったのだよ」
つらつらと一息に語って、友雅殿は杯を空けた。
私はただ黙って、じっとそれを聞いていた。
「ねぇ、鷹通。君はこの話をどう思う?」
「・・・鬼の撹乱」
暫く言葉に詰まったあと、そう答えれば。
友雅殿は悲しげに笑った。
「うん、そうだね。君ならそう言うと思ったよ」
「芸のない返答で、すみませんね」
「・・・でも私はね。全ての鬼が、人に害なすものだとは思えなくてね。話をすれば通じるものもいると」
話? 鬼と?
話して解決できるような溝であれば、すでに解決しているのではないのだろうか。
それができないからこそ、我々は鬼と戦っているのだ。
この人は、今さら何を言っているのだ。
だが、彼の言葉を反芻してみて。
私自身は、ほとんどじかに鬼と対話していないことに思い至る。
彼は、そのことを示唆しているのだろうか。
「譲葉は来世では陽の下を歩きたいと言っていた。陽に当たれぬ体だったからね。私もそうなればいいと思ったよ」
私の思案など余所に、友雅殿は独り言を綴る。
その横顔が。
ひどく優しげに見えて。
それを何故か妙に、腹立たしく思った。
「この世は理不尽というか、無常だね。生きたいと思うものが自由に生きれず、私のような人間が存えているのだから・・・」
そこで言葉が途切れ、目を向けると友雅殿は寝入ってしまったようだった。
小さな寝息が、聞こえてくる。
その穏やかな寝顔とは反対に、私の心の中は靄々といいようもない苛立ちのようなものが垂れ込めていた。
先ほどの友雅殿の言葉が反芻する。
『私はその兎を殺めてしまったのだよ』
『何事も型に押し込めようとするのは良くないよ』
『・・・譲葉もそうだった』
『私もそうなればいいと思ったよ』
『私のような人間が存えているのだから・・・』
その言葉を言ったときの、普段見せない微妙な表情。
その表情をさせているであろう、言葉の端々に上がった"譲葉"という名前。
今はすでに失われてしまったのであろうその人の。
その名前を口に載せる時の、彼の表情が。
あまりに優しく、あまりに悲しく。
それをさせているその人が。
彼のあまり浮き沈みのない心を揺るがせているのだと思うと、それが無性に。
「無性に・・・?」
無意識に上る意識の、その自分の心の中の答えに行き当たり。
その答えに対して、どうしようもなく、心揺さぶられる。
そんなはずはないと、そう自分に言い聞かせても。
この感情は。
「こんな自分は・・・。・・・こんなのは嫌だ・・・」
自分の中の感情に。
その場を立ち去ることもできず。
腰を下ろしたまま、身動きができず。
ただ、震えるような小さな声で、その感情を否定する言葉をつむごうとするけれど。
それは最後まで続けることができず、のどの途中でかき消えて。
それが否定することのできない感情なのだと私に突きつける。
名前しか知らない人。
ただ、白い小さな鬼としてしか語られなかったその人に対して。
私は、羨望と。
そして嫉妬を ―――。
私の前では、出会ったあのころのまま、何も変わらないあなたは。
特別な名前の前では、その姿を変える。
それが羨ましく、妬ましく。
そう思いながらも、私にはどうすることもできなくて。
ただ、この感情が外に漏れ出してしまわないように。
END
***** あとがき。*****************************************
時期的には4巻で鷹通さんが友雅さんに永泉さんのことを伝えに来た後・・・。ってまた読んでない人にはさっぱりな時期設定ですね・・・。
実は鷹通さんは自分の感情を理性の手綱でふん縛ってると言う感じのお話・・・、にしたかったんですがなってますか?(ぇ)
作中に出てくる『譲葉』は思いっきりオリキャラです。何かこれは、友雅さんの『月下美人』を延々エンドレスで聞いてたら出来上がっちゃったって感じのお話です。
タイトルの『紫陽花』は花言葉として使ってます。友雅さんに対しては『冷たいひと』鷹通さんに対しては『忍耐強い愛』で。(笑)
あなたはいつ見ても変わらない、出会った頃のあの姿のまま。
「君は鬼を何と捉える? 鷹通」
「は?」
永泉様が坎の八葉かも知れないということを伝えた折、しばらくして友雅殿にそう問われた。
いつものやわらかい、だが底の知れない笑みを浮かべて。
今さら、この方は何を問っているのだろうか。
鬼とは、悪しきもの。
京に災いを呼ぶ、人と異なる姿かたちを持つ・・・。
「金色の髪、赤銅の髪、白金の髪・・・。人と異なる姿を持ち、人と異なる力を持つ異形のもの」
詠うように私の思ったことを口にする目の前の少将は。
驚き目を瞠る私に、面白そうにさらに問いかけた。
「人々が望む富をその身に宿す美しいものたちを、何故、我々は鬼と呼ぶのだろうね」
「友雅殿、何が言いたいのです?」
「この世は弱肉強食。ならば何故、力持つものが虐げられるのだろう?」
答えを問うように、私に投げられる視線。
私を試すように、じっと見据えられて、訳もなく、居心地が悪くなる。
「鬼は京の人々に災いを振り撒きます。それを退治しようとしている、それがおかしいことですか」
「あぁ、やはりね。君はそう言うと思ったよ」
楽しげに、目を細めて笑う彼に。
不安のようなものが込み上げて来る。
この人は何を言おうとしているのだろうか。
何を、その身の内に抱き、口にしようとしているのか。
何を考えているのかまったく読めない。
それでも、今この人が口にしようとしていることは、禁句なのではないだろうか。
そんな予感がして、彼の言を遮ろうと口を開きかけたが、それは間に合わなかった。
「人と違う姿に生まれたからといって、その身に宿る魂が人ではないとは、決まっていないのにね。望んで異形に生まれたわけでもないのに、内面はそれこそ内裏に巣食う出世に目のくらんだ公達よりもよほど清らかであっても、姿が違うというだけでその尊い命は奪われてしまう。理不尽だとは思わないかい?」
「友雅殿! いくらあなたでも・・・」
「・・・ふふ。今日出会った鬼はね、そんなような事を言っていたのだよ」
くすくすと、癖の強い髪を弄びながら、ついでのように付け足された言葉。
しかしそれは本当に付け足しに過ぎない。
きっとそれより前に言った言葉は、彼が本心から思っていることだろう。
「我々は平安なるこの京を守るため、生きるために鬼と戦っているのです。理不尽などでは・・・」
「理不尽といえば、昔、私は食べるわけでもないのに小さな仔兎を手にかけたことがあった。小さくて、雪のように真っ白な」
遠く、何かを懐かしむように夜に投げられた視線。
その視線の中に、普段この方では決して見ることのない憐憫のような情が一瞬浮かぶ。
そのことに酷く動揺してしまって、いつもならばすでに出てしまっている咎めの言葉が、咽喉に張り付いて行き場を失った。
言葉を次げないでいる私の存在を忘れてしまったかのように、彼は昔読んだ物語のように言葉を続ける。
「真っ白で、紅い大きな瞳が可愛らしい仔兎は、怪我をして迷っている私を人里へと導いてくれたのに。私はその兎を殺めてしまったのだよ」
「・・・その兎が鬼であったからでしょう? 理を曲げて存在するものを葬るのは近衛府の役人であるあなたの仕事です」
「君は相変わらず敏いね。私は鬼とは言っていないよ」
困ったように微笑み、杯を傾けながら視線を私に移した友雅殿は。
しばらく逡巡するように、無言でゆっくりと酒を呷っていた。
「・・・鷹通。君は少し肩の力を抜いたほうがいい。何事も型に押し込めようとするのは良くないよ」
「申し訳ありませんが、こういう性分なもので」
「君らしいねぇ」
心底楽しそうに微笑んで、彼はごろりと床に寝転び、そうして相も変わらず手酌を繰り返した。
その様子に、もう今日は鬼の話題をするつもりがないのを見て取り、私はこっそりと嘆息した。
こうなっては、こちらがどんなに言を荒げようと、彼ははぐらかして取り合ってくれない。
これ以上ここにいても話は何も進展しないと、席と立とうとすると。
「ねぇ、鷹通。少し私の月見酒に付き合わないかい?」
「は? 私は気の利いた話などできませんよ」
「一人酒というのは存外、寂しいものなのだよ」
ならばそんなことなどせずに、もう休めばいいのにと思ったのだが、やわらかい笑みを浮かべるその顔が。
何だか妙に寂しそうに見えて。
結局私はもう一度嘆息して、彼のそばに腰を下ろした。
「あぁ、君は本当に、人の心に敏感だね。・・・譲葉もそうだった」
「・・・」
暗く微笑んだ瞳に、嗜めようとした声が止まる。
「これから話すことは、ある狂人の話でね。酔っ払いの戯言として聞いてくれるかな」
「・・・お好きにどうぞ」
私の返事に、満足したように微笑んで。
その顔が、どうしてだか頼りなげな子供のそれに見えて。
月を見上げる振りをして彼の視線から目をそらした。
理由はわからないが、彼のそんな視線を見つめていると、囚われてしまいそうな、そんな気がするから。
そして、囚われたら最後、もう逃げ出すことなど不可能なような、そんな気がするから。
彼もまた、月を見上げて。
先程と同じように、遠く懐かしむように瞳を閉じて語り始めた。
「 その男は、北山に。何の用だったかな、思い出せないが。さして大事でもなかったのだろう。
多分、花でも愛でに行ったのだろうね。あそこは何故か不思議な感じのする森だから。
ふらふらと当てもなく彷徨って、森の深みに入って迷ってしまった。
その上運悪く、足を滑らせてね。一人では歩くこともままならない。
さらにそこは人気のない深い森の中だ。
これはもう、今生との別れかなと、その男は思ったそうだよ。
まぁ、見上げれば葉擦れに垣間見える陽が綺麗だったし、空気は凛として気持ちが良かったから。
それも悪くないかなと、死を覚悟した割りに、妙に清清しい気分だったそうだよ。
その時、小さな白い鬼に出会ったそうだ。
しかし、すでに死を覚悟していたせいもあってか、その男は鬼と話しをしてみようと思った。
鬼は驚いたことに、その男の手当てをし、動けるようになるまで世話を焼いた。
聞けば、その鬼はもとは京に生まれたが、姿のせいで山に捨てられ、天狗に育てられたとか。
風聞に聞くような力など、かけらもなく。
それどころか、普通の人間よりも体が弱く命が短いという。
男は、そんな鬼を哀れに思ったが、鬼は自分は哀れではないという。
むしろ短い命だからこそ、その時その時を謳歌するのだと。
男は鬼を好ましく思い、いろいろな話をした。
そうすることで、その男はその鬼が何故か長い間の友人のように思えたそうだ。
だが、やはり、鬼と人だ。住む世界が違うのだろうね。
歩けるようになった男を、その小鬼は麓まで送っていった。
だが男を捜しにやってきた役人に矢を射られた。
鬼は、自分と男が繋がりがあるのはまずいと、自分を切れという。
だが、男は世話になった恩があるとできないでいた。
心優しい鬼は、そんな男の心情を悟ってか、自らその男の刃に身を沈めた。
そうして、鬼は自らの命を捧げることで、男の命を救ったのだよ」
つらつらと一息に語って、友雅殿は杯を空けた。
私はただ黙って、じっとそれを聞いていた。
「ねぇ、鷹通。君はこの話をどう思う?」
「・・・鬼の撹乱」
暫く言葉に詰まったあと、そう答えれば。
友雅殿は悲しげに笑った。
「うん、そうだね。君ならそう言うと思ったよ」
「芸のない返答で、すみませんね」
「・・・でも私はね。全ての鬼が、人に害なすものだとは思えなくてね。話をすれば通じるものもいると」
話? 鬼と?
話して解決できるような溝であれば、すでに解決しているのではないのだろうか。
それができないからこそ、我々は鬼と戦っているのだ。
この人は、今さら何を言っているのだ。
だが、彼の言葉を反芻してみて。
私自身は、ほとんどじかに鬼と対話していないことに思い至る。
彼は、そのことを示唆しているのだろうか。
「譲葉は来世では陽の下を歩きたいと言っていた。陽に当たれぬ体だったからね。私もそうなればいいと思ったよ」
私の思案など余所に、友雅殿は独り言を綴る。
その横顔が。
ひどく優しげに見えて。
それを何故か妙に、腹立たしく思った。
「この世は理不尽というか、無常だね。生きたいと思うものが自由に生きれず、私のような人間が存えているのだから・・・」
そこで言葉が途切れ、目を向けると友雅殿は寝入ってしまったようだった。
小さな寝息が、聞こえてくる。
その穏やかな寝顔とは反対に、私の心の中は靄々といいようもない苛立ちのようなものが垂れ込めていた。
先ほどの友雅殿の言葉が反芻する。
『私はその兎を殺めてしまったのだよ』
『何事も型に押し込めようとするのは良くないよ』
『・・・譲葉もそうだった』
『私もそうなればいいと思ったよ』
『私のような人間が存えているのだから・・・』
その言葉を言ったときの、普段見せない微妙な表情。
その表情をさせているであろう、言葉の端々に上がった"譲葉"という名前。
今はすでに失われてしまったのであろうその人の。
その名前を口に載せる時の、彼の表情が。
あまりに優しく、あまりに悲しく。
それをさせているその人が。
彼のあまり浮き沈みのない心を揺るがせているのだと思うと、それが無性に。
「無性に・・・?」
無意識に上る意識の、その自分の心の中の答えに行き当たり。
その答えに対して、どうしようもなく、心揺さぶられる。
そんなはずはないと、そう自分に言い聞かせても。
この感情は。
「こんな自分は・・・。・・・こんなのは嫌だ・・・」
自分の中の感情に。
その場を立ち去ることもできず。
腰を下ろしたまま、身動きができず。
ただ、震えるような小さな声で、その感情を否定する言葉をつむごうとするけれど。
それは最後まで続けることができず、のどの途中でかき消えて。
それが否定することのできない感情なのだと私に突きつける。
名前しか知らない人。
ただ、白い小さな鬼としてしか語られなかったその人に対して。
私は、羨望と。
そして嫉妬を ―――。
私の前では、出会ったあのころのまま、何も変わらないあなたは。
特別な名前の前では、その姿を変える。
それが羨ましく、妬ましく。
そう思いながらも、私にはどうすることもできなくて。
ただ、この感情が外に漏れ出してしまわないように。
END
***** あとがき。*****************************************
時期的には4巻で鷹通さんが友雅さんに永泉さんのことを伝えに来た後・・・。ってまた読んでない人にはさっぱりな時期設定ですね・・・。
実は鷹通さんは自分の感情を理性の手綱でふん縛ってると言う感じのお話・・・、にしたかったんですがなってますか?(ぇ)
作中に出てくる『譲葉』は思いっきりオリキャラです。何かこれは、友雅さんの『月下美人』を延々エンドレスで聞いてたら出来上がっちゃったって感じのお話です。
タイトルの『紫陽花』は花言葉として使ってます。友雅さんに対しては『冷たいひと』鷹通さんに対しては『忍耐強い愛』で。(笑)
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